遺失技術

魔法文明の遺産

■遺された技術

 遺失技術とは、魔法文明の黄金期に生み出された魔法に関する技術や理論の体系である魔法科学のことです。これらが失われた魔法文明の末期から300年ほどしか経っていませんが、知識の多くを失い、蒸気機関がようやく実用化された程度でしかない26世紀の技術レベルから見れば、すべてブラックボックスの中にあるといっても過言ではありません。
 しかし、現在人類が置かれている状況を打開するために、遺失技術の発掘や研究は欠かすことはできないというのが、危機を身近に知る多くの人々の共通の認識でもあります。そのため、各国は競って遺跡の調査・発掘に取り組み、研究者たちはその成果を手がかりにして日夜研究を続けているのです。

■技術再生への道のり

 このように期待の大きい遺失技術ですが、現場の厳しさは想像を絶するものがあります。
 リグ・ヴェーダ飛空都市のような特異な例を除くと、多くの遺失技術魔法生物の徘徊する辺境の遺跡にあるため、発掘自体が熾烈な戦闘を伴う大変危険な作業とならざるを得ません。当然、まだ発見されていない遺跡も、ほとんどは危険地帯にあることが十分予想されます。
 また、魔法理論がいまだ解明できていないことが、持ち帰った魔法装置や記録から少しでも研究成果を上げようと必死な研究者たちの頭を悩ませ続けています。彼らの知識では、発掘された装置の修理や模造が精一杯で、新たな機能を付加したり改造することもままなりません。ましてや、新しい魔法装置を開発するなど夢物語でしかないのです。そのため、研究者たちは理論などに触れた文献を探しているのですが、今のところ、入手するには至っていません。
 研究者たちは自ら遺跡に赴き、魔法装置や文献を発掘しては地道に実験や解読をくり返すという果てしない作業を続けることでしか、目的を果たすことはできないのです。

■発掘品の現状

 発掘作業の対象は魔法文明期の施設ですが、その遺跡が研究機関でもないかぎり、研究に値する魔法装置が発掘されることはまれで、多くは当時の文化を偲ばせる映像や情報の記録、家具や衣類になります。場合によっては書籍や美術品など極めて希少価値の高い品物が発掘されることもありますが、これらは研究者としては歓迎すべき発掘品だといえるでしょう。嗜好品は好事家たちに高値で売れるので、得た収入を研究費用の足しにすることができるのです。
 発掘される魔法装置には「日用品」「小型複合品」「大型複合品」「実験用途の半組立品」などがありますが、なかでも研究用にもっとも適している発掘品は実験用の半組立品です。たいていは機能がブロックごとに別れていて分解組立が容易なので、構造の理解がしやすく実験や研究の大きな助けになるでしょう。ブロックごとの機能を解明できれば、ほかの解明済魔法装置と組み合わせて新たな機能を生み出せる可能性もゼロではありません。さらに、このような装置は基本的に研究施設に置かれているため、関連資料が合わせて発見される可能性も期待されるのです。ただし、発見できる確率はかなり低いと見るべきでしょう。

■技術の復元と装置の複製

 肝心の技術復元ですが、現状では、解明されている技術が用いられた日用品と一部の小型複合品が複製できる程度でしかありません。しかも、複製品は基本的に半組立品であるため、使いこなすには魔法科学の知識が必要となるのです。一方、使用方法の判明した完動品であっても、未知の技術が使われている場合は複製するさえができません。完動品は、未知の技術を調べるにはあまりにも複雑な構造なのです(たとえば携帯電話の中身を考えてみて下さい)。
 ところで、完動状態の製品として発掘される日用品や小型複合品には、魔法科学の知識を必要とせず、一般人でも扱えるものが多数あります(大型複合品となると、扱い方の解明からして困難を極めるのです)。これは、当時の魔法科学が広く一般的に使用されていたことの表れでもあるのですが、一部には、そのようなお手軽装置の発見を望む声があるのも事実です。このような装置はほとんど研究の助けにならないため、研究者たちの間では嫌われているものの、国や研究機関と関係の深い異能者は便利に利用しているようです。

26世紀を代表する魔法科学

■感応石

 感応石とは魔力を内包する透明な鉱物で、さまざまな魔法装置を稼働させるエネルギーとして利用されています。感応石は、溶かすことも削ることもできませんが、意志の力による操作で容易にエネルギー変換できるなどの特徴を持っていて、記録媒体やエネルギー弾など、さまざまな用途に利用されています。
 もともと魔法文明期に魔法を発動させるエネルギー源として人工的に生み出されたものですが、魔法大戦によって製造技術は失われてしまいました。26世紀の世界では幸か不幸か「魔の七日間」の影響を受けて一部の地層が感応石に変質しており、僅かな量を採掘で確保しています。しかし、採掘量はさほど多くなく、使い切ると変質して再利用もできないため、遺跡から発掘される分まで含めても、いつ底をつくか予想ができません。
 現在使われている魔法装置は魔法文明期に比べると稼働数は遙かに少ないものの、大型で高性能な装置を扱うには感応石が大量に必要となるため、国の運営者たちは常に感応石の調達で頭を悩ませているといっても過言ではありません。感応石は常に高値で取引される稀少鉱物なのです。
 また、感応石には異能者個人に対して特筆すべき効果を発揮します。具体的には、異能者の手に一対の感応石を埋め込むことで飛躍的に能力を向上させられるのです。この技術は「感応石埋込手術」と呼ばれていますが、あまりにも危険を伴うため、国家の厳重な管理下で実施されているため、理由もなくおいそれと手術を受けることはできません。
 また、能力が上がるのと引き替えとして、寿命が削られていきます。外見上の変化としては肌のつやが落ちて疲労感が見える程度ですが、老化速度は片手のみに埋める「一対手術」の場合で10倍、両手に埋め込む「二対手術」では100倍の速度にまで達することが確認されています。

■転移門

 転移門とは魔法科学によって構築された、感応石で動作する空間転移装置です。各国の首都は転移門の発見された場所に置かれているのです。「魔の七日間」に引き続く魔法大戦により建造技術は失われていますが、国家間を結んでいる転移門網のほかにも、すでに存在が確認されている転移門網はあり、今後も遺跡での発見が期待されています。
 基幹転移門は、形状こそ樹木型や環状列石型などさまざまですが、操作卓とエネルギー供給装置が設置されている点はすべてに共通しており、光に満ちた力場が展開されて、内部の物体を一瞬で任意の転移門へと送り届けます。
 この転移門、大変便利な装置ではあるのですが、感応石消費量は尋常ではありません。具体的には1kgの物体を1km移動させるのに1kgの感応石が必要になるのですが、これは、イスタンブールから直線にして1540km離れたヴェネチアまで60kgの人間を転移させるのに、92トン超の石が消費されることを意味しているのです。そのため、転移門は莫大な感応石を確保できる国家レベルの組織でなくては維持することはできません。個人が私用で使うことはまず不可能でしょう。
 しかし、基幹転移門以外だと、感応石を消費することなく作動するものもいくつか発見されており、遺跡の発掘や未踏地の探索に威力を発揮するものと期待されています。

ゴーレム

 ゴーレムとは、魔法文明の末期に人類が兵器として生み出した人造生命体です。しかし、生物とはいいながらゴーレムは繁殖も分裂もしません。また、イデアの力をエネルギー源としている上に「核」と呼ばれる器官がバッテリーの代わりを果たすため、食事を取る必要もなく半永久的に活動を続けることが可能なのです。さらに外皮表面の次元を微妙にずらす性質を持っているため、特定の相性を持たない相手では傷つけることさえできません。ゴーレムは、まさに究極の兵士といえるでしょう。
 しかし、ゴーレムには脳も心臓も血液もあります。とても生物とは思えない特徴をもっていますが、ゴーレムは間違いなく生物の一種なのです。
 ゴーレムの製造方法は、まず、「素体」と呼ばれる特殊な金属球を術者の手のひらの筋肉20g、術者の動脈の血500ccとともに「サバティア」と呼ばれる特殊な水晶製の魔法器具にセットし、煮沸して溶解、混合させます。その後、連続して4日間の精神波の投影をおこなうと、サバティア内に人間の胎児に似たゴーレムが誕生し、約13日後に水晶球が割れてこの世に赤子のゴーレムとして生まれ落ちるのです。ここからさらに7日間イメージを投影することによって術者の望む形態となり、ようやく完成体となります。
 しかし、ほかの魔法技術と同じように、魔法大戦でゴーレムの製造に関する技術は多くが失われてしまい、僅かに残っているのはゴーレムの製造技術だけとなってしまっています。素体も製造することができず、いまでは遺跡から発掘してくるしか手はありません。素体は感応石ほど汎用性はないものの、希少価値という点では勝っており、素体と発掘可能な遺跡は各国の遺失文明研究組織が厳重に管理しています。

■さまざまな高度魔法装置

「感応石」や「転移門」のほかにも、魔法科学の粋を集めて建造された大型の魔法装置が世界各地に残されています。いくつかは先の戦役以前に人の手によって使われていますが、いまだ解明も制御もなっていないどころか、人類の脅威にすらなっている装置もあるのです。
名称 概要
イデア砲 界の境界を破壊することができる兵器。異界の生物に対する切り札として使用された
竜脈制御装置 竜脈を制御しエネルギーを流す装置。ヒンドスタン平原とミンダナオ島に確認されている
気象制御装置 気象を制御する装置。ペテルブルグとセイシェルに確認されている
搭乗型ゴーレム 機体内部に術者を格納できるタイプのゴーレム
巨人の槌 イスタンブール市内にある破壊兵器